おとうさんは工夫した

いつお父さんと呼ばれるのかな?

ばーちゃん

この記事をシェアする

2016年2月25日、記

 

きのうの夜8時ごろ、母親が泣きながら電話してきた。

ばーちゃんが死んだからいますぐ病院にこいという。正月にいっしょに飲んだときにはピンピンしていたのに。

頭が整理できていないまま、ぼくは病院に行った。

途中、親父からも「ダメだった」という電話があり、妹からも「いま死んだ」と泣きながら電話があった。

 

ついたら家族や親戚がいて、その奥の部屋にばーちゃんがいると直感でぼくはわかった。

部屋にはいると、死んでいるばーちゃんがいた。

お昼に娘と息子とぼくの3人でアイスクリームを食べにいったあとで、ふと、ぼくは「ばーちゃんちに行こうかな」という頭がよぎったんだが、いかなかった。

子供を寝かせるためにドライブをしながら、あと5分くらいでばーちゃんちという距離だったのに、ぼくはこんどで良いや、と行かなかった。

「ばーちゃん、今日いこうと思ったんだよ」と死んだばーちゃんに声に出して伝えた。

原因は心筋梗塞、入浴前に着替えているさいちゅうで心筋梗塞をひきおこして、そのまま湯船に倒れこんだ。

じーちゃんがいたんだが、倒れた音が聞こえなかったんだろう。じーちゃんは耳がわるい。

そのままばーちゃんは死んでしまった。

 

いろいろな取り調べが終わってひと段落したところで慰安室で親たちが話していたんだが、仮通夜が今日(水曜)で明日が通夜(木曜)、金曜日が葬式で。みたいな流れになったときに、ぼくはなんだか違和感をかんじた。

すでに時間は夜の10時すぎ、じーちゃんがばーちゃんといられる時間はたったの1日と数時間しか残されていない。そんなのありえないとぼくは思った。

じーちゃんを見ると、周りの雰囲気に合わせるしかないといった感じだったから、ぼくはみんなに「じーちゃんが納得できるかたちにしてあげよう」と提案した。

すると、じーちゃんも丸一日いっしょにいたいと言った。

1日だけ、じーちゃんはばーちゃんと一緒にいられる日が増えた。

 

土曜日が友引という日らしく、その日に葬式は行わないといった風習があるらしく、みんなそれを気にしていたみたい。

友引という文字にならって、そのまま死者がだれかを連れていくといった考え方らしいが、ばーちゃんが誰かをつれていくわけがない。

ばーちゃんはとても口が悪く、憎まれ口な人だったが、誰かを連れていくような人間ではない。

いったい、誰がそんなことを決めたのだろう。

死んだら3日間しか別れの時間がないという習慣にしたのはだれなんだろう。

 

葬儀のお金の話や、ばーちゃんの銀行口座の話とか出たが、ぼくはどーでもいいとしか感じることができなかった。

 

仕事や夢、私生活にかんして、「やろうと思ったことはすぐに実行する」ときめていて、ぼくにはそれができていると思っていたが、どうやら全くできていなかったらしい。

 

どうして、ばーちゃんちに、行かなかったんだろう。

時間は有限ってのがぼくの口癖なのに、どうしてばーちゃんとの時間が有限だということに気がつかなかったんだろう。

 

ばーちゃんが死んでからずっと考えていて、考えたことが風化しないように、書き残しておくはずだったのに、文章が下手すぎてダメだなぁ。

 

今年35才になるぼくは、ばーちゃんとぼくという、祖母と孫という関係から、ぼくだけが少しだけ変わり、いままでの孫ではなくなっていた。ということに気がついた。

もう35才にもなるのに、ばーちゃんちにいけば1000円や2000円のお小遣いをぼくに渡してくれるばーちゃん。

 

ずーっとばーちゃんは変わらずぼくのばーちゃんでいてくれたが、ぼくは、もういらないよと毎回口に出していた。

どうして、ばーちゃんありがとう。と笑顔で甘えることができなくなっていたんだろう。

 

素直な人間ではなくなってしまっていたのかもしれない。

これまでを振り返ればとうぜんなんだけど。。少しずつでも、時間をかけて素直な心を取り戻していこうと思う。きっとそれがぼくにとって大切なことだと思う。

 

ぼくの子供が、ぼくの母親や父親、妻の母親や父親に「ばぁば、じぃじ」と甘えるのと同じ。

死んだばーちゃんにぼくが口に出していった「ばーちゃん」って言葉は子供たちのそれと同じだった。

 

少しだけ距離ができてしまっていたぼく(孫)を、ばーちゃんはどう思っていたんだろうなぁ。

 

下のおじちゃんちで、一緒に飲める日がまだまだ続くと思っていたから、さびしいよ、ばーちゃん。

明日は本通夜だって、だからあと2日、ばーちゃんといられるみたい。

 

あと2日で、良いお別れにできるかは分からないけど、good byeにできるように、ぼくなりに考えるね。

あとで振り返ったときに、ばーちゃんが死んだことが、良い経験になって良いきっかけになったと言えるようにするよ。

 

お墓にはできるだけ行くね、じーちゃん一人やけど、できるだけじーちゃんとこ行くね、誘うね。

こんどでいいや、はできるだけ、もうなくしていくね。

 

もっとばーちゃんからいろいろ教わりたかったけど、あとはじーちゃん達に教えてもらうね。あったかいパワーをしっかり覚えて、子供達に伝えられるようにするね。

 

ときどき、この日記を読み返してばーちゃんが教えてくれたことを思い出すね。

ばーちゃん、あしたまた行くね。

 

あ、下のばーちゃんにマフラー?あげたっちゃろ?喜んじょったし、不思議だねぇていっちょったよ。

昼間ばーちゃんちいこうかなて思ったのも、ばーちゃんからのシグナルやったとかね?

不思議じゃわ