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ばーちゃんが残してくれたもの

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12月に入ってから、2016年を振り返るエントリーを書くことが多かった。でも、2016年エントリーを書こうとすると、いつも手がとまってしまいます。

 

2016年2月、ぼくは最愛のばーちゃんを亡くしました。しょっぱなからヘビーでドープをくらった。手がとまってしまう理由です。

 

ばーちゃんが残してくれたもの

35歳にもなって、ばーちゃんとかダセエと思われてしまうかもしれないけれど、自分のすごく身近な人がなくなるのは初めての経験でした。

 

ゲームをダメだと言わなかったばーちゃん。

ぼくが4才か5才くらいの頃に、任天堂が世の中を興奮の渦に巻き込むアイテムを発売した。

ファミコンだ。ぼくのじーちゃんはコンピューターオタクだったので、すぐにファミコンをゲットしてドラクエやらをプレイしていました。

 

ぼくんちは父親が単身赴任でほとんど家にいなかったから、ばーちゃんちに毎日通っていた。そこで当然、ファミコンに熱中した。5才くらいだった。

 

親や親戚からは「そんなにゲームをしていたらバカになるからやめろ」とさんざん言われまくったけど、ばーちゃんだけはなにも言わなかった。

 

とことんゲームをさせてくれた。何日もばーちゃんちに泊まりこんで、一緒に起きて、一緒にご飯を食べて、目玉焼きを作ってくれたり、一緒にねたり、ゲームさせてくれたり、まるで母親のようだった。

 

休憩をはさめば、何度でもゲームをさせてくれた。じいちゃんは夜勤だったから、帰ってくるのが夜の11時とか1時とかで、それを一緒に寝たふりをして待っているのが日課でした。

 

じーちゃんが帰ってくると、ご飯を食べて焼酎を飲んでからゲームをはじめる。とうぜん、ぼくよりもファミコンに触れている時間が長いから、ぼくが「メラ」を使えるようになったころに「メラゾーマ」を使うじーちゃんがとてもかっこよかった。ヒーローだった。

 

それからもぼくはゲームをやり続けた。ぼくはそれからパソコンにハマるようになって、パソコンに夢中になった。そしてぼくは今、パソコンを使って仕事をして独立もできた。ばーちゃんのおかげだと思う。

 

ブログをはじめた

ばーちゃんが死んでからブログをはじめました。ずっとブログを頑張ってみようと思っていたけど、なかなか取り組めなかった。

 

ばーちゃんが死んで、ブログをはじめた。

ばーちゃんはその日の夕方まで元気だったらしく、いつものようにばーちゃん仲間といどばた会議で盛り上がり、ふつうにご飯を食べて、お風呂に入るときに急死。

 

ぼくは昼間にばーちゃんちまで5分というところまでドライブをしていた。子供が寝てしまったので、起きると面倒だったから右に曲がればばーちゃんちというコースでウインカーを右にださずに直進した。

 

今度でいいやと、ばーちゃんちには行かなかった。

あのとき、ばーちゃんちに行っていれば、なにか異変に気づけていたかもしれない。きついとばーちゃんが教えてくれたかもしれない。

なんで行かなかったんだろう。

 

やろうと思ったこと、挑戦したいことには「後で」をやめようと心に誓った。

それからブログに毎日取り組んでいると、どんどん読んでくれる人が増えてきた。月間で1万PVを目指した結果、なんと2万PVまで見えてきた。

 

そして、あなたとぼくをつないでくれている。

ブログというフィルターを通して繋がっているので、直接会話をしたりはないけれど、ブログの向こう側にいるあなたが読んでくれているので、ぼくは毎日ブログを書くことができている。

 

今では1万5千人以上の人に毎月読んでもらっていて、その1割くらいの人が読者としてぼくのブログを毎日か定期的に読んでくれています。そう今よんでくれているあなたです。

 

ばーちゃんがいなかったら、そんなあなたとも繋がることはなかったとおもう。

そして今、ぼくは読んでくれているあなたがとても大切です。ばーちゃんが残してくれたのは、ぼくのとても大切になりました。

 

人は必ず死ぬということ

今、人は死ななくなると言われるようになっているけど、ぼくの時代ではそうはならないと思う。わからないけど。

 

それまで元気だった、この瞬間まで元気だった人でも、ぼくのばーちゃんのように急に死ぬことだってある。

 

ぼくは自分が死ぬことなんてないと、どこか「死」を遠くに感じている。でも、そう思いながら生きているうちに、必ずその日はやってくる。

もしかしたら今日かもしれないし、明日かもしれないし、もっと先かもしれない。それは誰にもわからない。

 

ばーちゃんはそれに気づかせてくれた。精一杯、楽しく生きて不思議なシグナルを死ぬ日にぼくに送ってきた。

それは「ばーちゃんちに行こうかな」と思わせるシグナルで、最後の最後で、「行っときゃよかった」と思わせてくれたんだ。

 

やりたいことや挑戦したいことにすぐに取り組めるようになったし、今年こんなに変わることができた。

 

ばーちゃんへ

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ばーちゃん、もう俺、パソコンだったらなんでもできるようになったよ。どんな作業だってなんでもこいだ。

ばーちゃんがゲームを毎日させてくれたおかげだよ。ありがとう。

 

ばーちゃんを思い出すことも少なくなってきた。はじめはきつかったけど、時間がたつとしっかり思い出になるもんだ。

 

いつも遊びにいくと1万円とか5千円とか千円とかを、無理やりぼくのポケットに押し込んで「おこづかい」とくれたね。ありがとう。

 

東京に上京したとき、電話をかけてきて体のこととか心配してくれたね。電話口でさびしくて涙がでそうだから切るとか言ってたばーちゃん。ほんとうに大好きだったよ。

 

最後に

年末にこんなドープなことを書こうか迷ったんですが、無視できなかったので書きました。

 

ブログを読んでくれているあなたと、ぼくを繋げてくれたきっかけは、ばーちゃんでしたというお話でした。

 

これ以上書くと、涙で目がぼっこし腫れてしまうのでやめときます。w

 

ダッシュ!

 

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