おとうさんは工夫した

いつお父さんと呼ばれるのかな?

ばーちゃんは思い出になった

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お盆には必ず家族でお墓まいりにいきます

じーちゃん、ばーちゃんの家に行くんですが、ぼくの祖父母の家と、妻の祖父母の家はとなりです。3才くらいまで、ぼくと妻は、どちらかの祖父母の家で一緒に遊んでいたそうな。

 

去年の2月に、ぼくの大切なばーちゃんが死にました

 

小学生の頃、夏休みには毎日のように泊まりこんで、一緒にゲームをしていたばーちゃん。ぼくは、ばーちゃんっ子です。

そんなばーちゃんが死んだ時は、とてつもなく落ち込みました。でも、1年以上たって気づきましたが、もう悲しいなんて思わなくなりました

 

どうせ人は忘れるという教訓

ばーちゃんが死んだ時、ばーちゃんのことは絶対に忘れない。そう思っていました。

ばーちゃんの声、ばーちゃんの顔、ばーちゃんのご飯、いろんなことを覚えていましたが、どんどん忘れています

 

もう、ばーちゃんの声を思い出そうとしても、思い出せません。というか、もはや、ばーちゃんが死んだことを日常で思い出すことはなくなりました

 

そのことからぼくは、このお盆に、「人はどうせ忘れる生き物だ」という気づきをえました。

 

どんな失敗も人は忘れる

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ぼくはお店を半年で潰してしまった経験があります

とっても悔しかったし、恥ずかしかったし、いろんな思いが頭の中をぐるぐるぐるぐる回っていて、車の中でドライブをしながら一人で泣きまくりました

 

東京から帰ってきたばかりで調子に乗っていると言う人もいましたし、失敗したことを「それ見たことか」と言われることもありました。

 

失敗したことを笑われているんじゃないか?そんな思いが頭にこびりついて、人の目が気になったりもしてました。

 

でも、大切な人の死だって日常では思い出さないほどに忘れるわけです。

あの時の自分に、どうせお前の失敗なんて大したことないし、すぐに忘れられることだから気にすんな、と伝えてあげたいです。

 

人の目なんて気にしない

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ぼくは人の目が気にならないタイプですが、人の目を気にして生きていても、どうせ死んだら忘れられるんだから、好きなように生きようと再確認できました。

 

月曜日から金曜日よりも土日が楽しいから、ぼくは逆転させることにチャレンジして、今では週に3日ほど大好きなアウトドアができるようになりました。そうすると、遊んでばかりいないで必死に仕事してはどうか?と言われたりします。

 

また、ぼくは興味のない集いには一切顔を出しません。

友人だろうが、家族だろうが、先輩だろうが、「つまらなそう」だと感じるものはパスします。飲み会だろうがなんだろうが行きません。

 

そうすると、付き合いが悪いだとか、病んでるだとか、あいつ何してんの?だとか言われます。

 

人の目を気にしてしまって、嫌われたくないから参加している人って結構多いです。

遊んでばかりいると周りの人に変な目で見られるから自粛する人も多いです。

 

でも、人の目を気にして生きていても、死んだら忘れられます

人の目を気にして生きて、普通や当たり前とされる生き方をしていても忘れられてしまうんだから、これからも好きなように生きようと思いました。

 

最後に

お盆にばーちゃんの墓参りは熱が入りましたし、こみあげてくるものがありました。

死んでもばーちゃんは色んなことを教えてくれます。偉大です。

 

ばーちゃんへ。もうばーちゃんのことをブログに書くこともないと思う。ばーちゃんの死を乗り越えることができたみたいです。

ダッシュ!